視覚障害者とのスキー

2002年3月2日(土)〜3日(日)
【目次】
1.一人目の男性
2.おとなしい女性
3.二重障害の女性
4.元気な女性
5.目をつぶって滑る

【1.一人目の男性】
 3月2日(土)、朝10時、越後湯沢駅で視覚障害者を含む20人弱の集団と合流。とりあえずバスで宿に向かう。宿で着替え、したくをし、ゲレンデへ。この日の午後は弱視だという30歳台の男性と一緒に滑ることとなる。

 この人の片目は視力ゼロ。もう一方は0.05だけど白内障をわずらったことがあるという。私も裸眼だと0.06と0.08で、この数字だけだとあまり変わらないような感じもするが、私の場合矯正視力は1.2なので、見え方はずいぶん違うんだろうと思う。明るいところだと何があるのかはわかるし、色も区別はつくという。
 滑り方は、前を先導してもらえればよいという。それだったら、昨年、ランニング仲間といっしょに滑っていて経験済みである。少し私の緊張もやわらぐ。
 スキーの腕前としては、それほど急ではない斜面だったらだいたい滑れる、という感じ。年に1〜2回だけど、もう20年以上やっているというだけあって、きっちり滑っていた。

 この日、お昼過ぎまでは晴れ間が見えていたが、天気はどんどん下り坂。14時過ぎから雨混じりのアラレのような雪となり、滑っていると顔面が痛い。16時前にはみんな宿に引き上げることとなった。

【2.おとなしい女性】
 翌朝起きると、天気は回復していた。
 この日の午前の前半は、20歳台後半(?)の女性と組むことになる。この人の視界は全くのゼロ。スキーは、14歳までは山形に住んでいて普通に滑っていたという。
 滑り方は、前からでも後ろからでも、どこからでもいいからとにかく声をかけて指示をしてほしいという。
 スキーの腕前としては、基本的には常にボーゲンであるが、バランスが良く、良いポジションに乗っているので、おそらくたいていの斜面が滑れるものと思う。たまたま私といっしょのときは初心者用斜面にしか行かなかったのでこれは私の想像だが。

 朝8時半くらいから滑り出したが、早い時間はゲレンデも空いていて、障害物がない広い斜面であれば、その旨伝えると、自分で自在にターンして滑っていた。ゲレンデの下に近づくと、「はーい、ストップ」とか、「右に、右に」と声をかけて上げればそれでよかった。
 子供の頃の経験があるせいか、けっこうスピードを出す人で、指示が遅れると前方で転んでいる人に突っ込んだり、、、冷や汗ものだった。

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 ところで、この2日目の午前の前半にご一緒した女性は、とってもおとなしい人だった。声が小さいのは気にならないのだが、おしゃべりが大苦手の私にとって、ペアリフトにいっしょに乗っているときほど間が持たなくて困った。

 そのゲレンデは、新幹線の高架のすぐ脇だったので、ときおり新幹線が通過する。苦し紛れに「あっ、今、新幹線が通りましたよ」と言ってみた。すると、「あぁ、その音だったんですかぁ」と答える。はっとした。
 音でものを感じるとは、そういうことなのかなぁ、と。そう言われてみれば、確かにその時、音もしていたが私は気にしていなかった。たぶん、視覚で確認していたから、、、
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【3.二重障害の女性】
 2日目の午前後半は、目、耳が全くきかない50歳台で大柄な女性(Eさん)。
 耳が全く聞こえない人は自分の声が聞こえないからしゃべるのが難しいと聞いていたが、Eさんはボリュームが少々大きいものの全く普通にしゃべる。こちらの意思を伝えるには、指点字(というのかな?)がわかりやすいようだが、手のひらに指でカタカナを書くと1文字1文字読み取ってくれるので、ゆっくりだがこちらの言葉は伝えられる。
 しかし、言葉は通じても意思まで伝えるのは難しいことは、すぐに実感する。
※指点字:相手の両手の甲に自分の手のひらを合わせ、自分の
     指でピアノの鍵盤をたたくように相手の指を触る。
     その触った指の組み合わせが文字になるらしい。
【滑り方】
 「滑る時はムカデになるのよ」と彼女は言う。つまり、ムカデ競争のように前後にくっつく。伴走者(ガイド)がボーゲンの恰好で立ち、同じ恰好で彼女が後ろにつく。彼女はストックを持たず、ガイドの腰につかまる。私のときは、ズボンの腰のゴム部分を、ちょうどまわしをつかむようにしっかり握り締めた。ウェアによってはこれができないから、抱きつくだけになるんだろうと思うが、つかめたらそちらの方が安心なんだろう。

 ところでスキーというのは、左にターンする時は右足に重心を傾け、右にターンする時は左足に重心を傾ける。このため、合図も右にターンすべき時に「右」と声をかけるのが良い人と、右にターンする時は左足に重心をかけるので「左」と声をかけるのが良い人とがいると聞いていた。
 今回、2日目の午前前半の女性は前者だったが、ムカデをしたこのEさんは後者だった。そして、次に書く2日目午後の女性も後者だった。

 Eさんの場合は声が通じないので、右に曲がりたくなったら腰に回している左手をゆっくりポン、ポンとたたく。するとひと呼吸おいて「はーい」と返事をしてさらにひと呼吸おいてから彼女は重心を左にかけはじめる。そのタイミングを計って、ガイドもターンをするとスムーズに行く、と言う方法である。

 
 と、以上のことは滑る前に知識として聞いていた。
 さて、いざゲレンデへ、、、

 Eさんと滑るゲレンデは、ペアリフトが1本かかっている初心者用コース。斜面はほぼ中間より上と下とで斜度が変わることもあり、リフトには中間点降り場がある。Eさんは、前日、そして昨年もここでは中間点から下しか滑っていない。
 この日の最初は、Eさんは今回のツアーの世話役をしてくれた人といっしょにペアリフトに乗り、私は次のリフトに乗った。当然、中間点で降りるものだと思っていたのだが、、、
 リフトの上で、Eさんは世話役さんに「上まで行きたい」と急に言い出したそうだ。世話役さんは、「上は急だよ」と指点字で説明したが、「もっと長く滑りたい」と言ってきかないので、仕方なく上まで連れて行くことにした。このあたり、言葉は通じても意図は通じないもどかしさである。

 教わったとおりの体勢をとり、滑り出す。滑り出し直後は、距離は短いものの特に急傾斜。とりあえず横に長くトラバースし、最初の左ターン。右手をポン、ポン、とたたく。「はーい」と返事がある。ターンを始める。最大傾斜方向を向く。斜面が急なのでどうしてもスピードが出る。「きゃぁ、こわい。ゆっくり、ゆっくり。」と彼女は悲鳴を上げる。と同時に彼女も力が入り、私のズボンを握った手の力を入れ、しがみついてくる。しがみつくだけならよいのだが、しがみつく時に自分の方に私の身体を引き寄せようとする。彼女の背丈は私と大きく変わらない。そういう人が後ろ、つまり斜面上側から引き寄せるものだから、私は吊り上げられたような形になる。そうなると、私は制動をかけようにもスキーに体重が乗らないので、かけられない。何とかターンはしたが、しがみつかれたままなのでターンの後半は彼女の体重がこちらにどっかり乗ってくる。おぶったような状態。何度も書いて恐縮だが、体格が良いので、重かった。
 彼女は「こわいー!」と叫んでいたが、こっちもうまくコントロールができなくて恐かった。「もっとゆっくり、ゆっくりお願いしますよ」と言うが、斜面は急だし、吊り上げられれば制動はかけられないし、まいったなぁ、、、
 それでも、急なのは最初の1ターン目だけ。徐々に斜度はゆるくなり、要領もつかめてきた。とにかく彼女の吊り上げに対抗してしっかり前に体重をかけることが重要らしい。後半はうまく行くようになった。

 スムーズになると、彼女もご機嫌になる。2回目のリフトは私と乗る。さすがに上まで行くと大変なことを悟り、素直に中間点で降りる。中間点からは斜面もゆるいのでスムーズにいく。
 「こんな爽快な感じ、一生忘れないわ」と最高の賛辞をくれる。3本の予定だったが、4本滑って昼食となった。

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 その日の午後、Eさんは別なガイドと滑った。そのガイドは、伴走経験はあるがEさんとは初めてという男性。スキー技術は私より上で、私よりひと回り若いが背は低く、細い。私が吊られちゃう話をしたら、「完全に持ち上げられちゃったらどうしよう」と心配していた。しかし、ズボンの関係か、脇に手を入れる形だったので大丈夫だったそうだ。

 「Eさんと滑るのは大変なのよ」と事前に聞いていた。それは、目、耳の両方が不自由だからなんだと思っていた。しかし、それが大変な原因なのではなく、実は体重があることのほうが重大だったようだ。
 ガイドが必要な障害者スキーヤーのタイプにはいろんなものがあるだろうが、多くは、ガイド自身、それほどスキー技術レベルが高くなくてもよく、たいていの斜面が思うように降りてこられるレベルであれば務まるようである。
 スキーというのは、もちろんハードに滑るには体力が必要であるが、体力がなくてもそれに応じた滑りができる。しかしEさんのガイドをするには、スキー技術の他に体力も求められるわけで、それで人選も含めて「大変なのよ」となるようだ。

 Eさん自身はとても積極的な人で、スキーも1人で出かけることがあるという。
 自宅から最寄駅までは身内に送ってもらう。最寄駅から越後湯沢駅まではJR職員さんに世話してもらい、湯沢駅で降りると知り合いのスキー学校の先生に迎えに来てもらう。そして滑ったあとは、同様にして帰宅する。
 制約はあるものの、人脈があればできないことはないのかな、と感じた。

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【4.元気な女性】
 2日目の午後は、20歳台半ばの美人でよくしゃべる女性と組む。
 したくをして、さぁ、行こう、という時になって突然「暗がりに連れて行ってください」と言い出す。へっ? 若い美人にいきなり暗がりに誘われて、ついあらぬ想像をしてしまう。
 午前中、彼女のガイドをした人に聞く。彼女はほとんど見えないけど、明暗はなんとなくわかるそうだ。だからそのまま滑ると、つい明暗を自分で判断してしまってかえって危ないので、目隠しをして全く見えなくし、ゴーグルでカモフラージュして滑る。目隠しをするとき、明るいところでするより暗いところでするほうが目にとって良いので、暗がりに行きたい、とのことだった。 ほっ、、、

 スキーの技術は、この日最初に滑ったおとなしい女性と同じくらいで、ガイドの仕方もほぼ同じ。ただ、右にターンする時は「左」と声をかける点が違っていた。それだけなら難しいことはない。しかし、平坦に近いところではターンではないが、前方に人がいたりして方向を変えたいときがある。そんなとき、右によってほしくて思わず「右」とだけ声をかけてしまう。すると彼女は左にターンしてしまう。この区別に慣れるのに少し時間がかかった。

 この彼女とは、山頂から降りてくる林道コースを滑った。斜面そのものはなだらかで、幅も一部を除けばそれほど狭くない。しかし、微妙な凹凸があったり、一部分だけ雪質が変わっていたりして、こちらが想定するようには滑ってもらえない。突然スピードが出て山側斜面に突っ込んだり、木の枝に引っかかったり、、、
 何ともないと思われるところでもいろいろあった。谷に落ちなかったのだけは幸いだった。
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【5.目をつぶって滑る】
 私自身、ランニングでの伴走の経験はほんのわずかだが、段差やほんの小さな坂の勾配変化でも恐いものを感じる。スキーの場合、Eさんは別として、今回ごいっしょした3人は、私とは少し離れ、自分で足探り状態で滑っていた。

 そもそも普通に目が見える人は、周りを見ることで自分の体勢を確認し、バランスを取っている。これは目をつぶると片足で立っていられないことからも実感できる。似たような状況といえるのかどうかわからないが、スキー場ではガスがかかって一面もやっとした真っ白な中、という場面がたまにある。そんなときは足元である斜面の凹凸は影がなくなって見えなくなり、斜度もよくわからなくなるので、足探りで滑ることになる。自分がまっすぐ立っているのかどうかもわからなくなるような錯覚を覚えて恐怖を感じたりするのだが、常にそんな感じなんだろうか。
 しかしそれ以上に、おそらくは通常でもバランスを取るのが難しいのに、斜面変化のあるところに果敢に突っ込んでいくのを見て、感心した。

 ためしに、周りに障害物がないことを確認し、斜面の状況も頭に入れた上で目をつぶって滑ってみたが、斜面の下を向いているのかどうかもわからなくなり、10mでギブアップした。
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